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八千代のあゆみ(いにしえ~八千代町時代)印刷用ページ

2013年4月1日 更新

遺跡の発掘

旧石器時代 :約3万年前からこの地に人が住む(村上、萱田遣跡)

古墳時代 :新川流域に豪族が住む(桑納、神野古墳)

承平年間(931~938年) :最古の漢和辞書「倭名類聚抄」に印旛郡村神(村上)郷の名が記される

元和元年(1615年) :佐倉藩主土井利勝が、江戸から佐倉に至る道(現成田街道)を開く

享保9年(1724年) :平戸の染谷源右衛門が印旛沼の開削を始める。資金難で中止

安永9年(1780年):島田の信田治郎兵衛らが印旛沼の開削を幕府に願い出る。田沼意次の失脚で中止

天保14年(1843年):幕府が印旛沼開削。水野忠邦の失脚で中止

小学校の開校当時の様子

明治5年(1872年) :大和田郵便局開設

明治6年(1873年) :米本小学校(現阿蘇小)、出戸小学校(現大和田小)、東小学校(現睦小)、村上小学校が開校

明治22年(1889年) :大和田村など7村が合併、大和田村となる。桑納村など11村が合併、睦村となる。米本村など7村が合併、阿蘇村となる

明治24年(1891年) :大和田村が町制を施行、大和田町になる

明治39年(1906年) :千葉電灯が大和田街道に送電塔設置

大和田駅の開業当時の様子

大正9年(1920年) :阿蘇村で梨づくりが始まる

大正15年(1926年) :京成電鉄成田線開通、大和田駅が開業

昭和20年(1945年) :B29、米本地域を空襲。死者11人でる

昭和23年(1948年) :東洋バス、大和田~岩戸間で開通

昭和29年(1954年) :「八千代町誕生」干葉郡大和田町と睦村が合併、八千代町が生まれる。同年9月印旛郡阿蘇村を合併、人口15,618人

昭和31年(1956年) :京成八千代台駅開業

完成した八千代台団地完成した八千代台団地、中央は八千代台小学校

昭和32年(1957年) :日本初の大規模住宅団地、八千代台団地完成

昭和33年(1958年) :広報やちよ創刊

昭和34年(1959年) :八千代電報電話局開局

昭和39年(1964年) :消防団常備部(消防本部の前身)発足

八千代高校の開校当時の様子

昭和41年(1966年) :最後の分校、睦小塙分校と東分校廃止。市内初の県立高校、八千代高校開校  

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〒276-8501 千葉県八千代市大和田新田312-5
電話番号: 047-483-1151 (代表)