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市内で活躍する鍛冶職人の伊藤愛さんへのインタビュー

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2021年1月14日 更新

伊藤愛さん
 人口20万人到達記念結婚記念品贈呈イベントで、咲き続けるバラ「メタルローズ」を制作していただいた市内にある鍛冶工房「Metalsmith iiji」の伊藤愛さんにお話を伺ってきました。

 工房内は、オレンジ色の明かりが灯るアンティークな雰囲気で、数々の鉄材や制作中の作品が並んでいました。

 幼少期、イギリスの美大への留学、イギリス南部の村の鍛冶屋さんでの3年半の修業、そして現在の鍛冶職人としての活躍や今後の夢などのお話を伺いました。

—どんなお子さんだったんですか?どんなことに興味がありましたか?

 ほぼ男の子です(笑)近所に地層が露出している公園があって、貝殻などを採集したりするのが楽しかったですね。
 
 レゴブロックで遊んだり、ロボットを分解して兄に怒られたり。女の子とも遊びましたけど、兄と幼馴染の男の子たちに囲まれて、外で遊ぶのが好きでした。お人形遊びはしませんでしたね。フリルの服やスカートが好きじゃなかったです…。

 小学生の頃、テレビや漫画でアクセサリーを作ったりするところを観ていて、アクセサリーって作れるんだ!と感動したのを覚えています。

 中学の頃は、家庭科で布物を裁縫するより、技術で工具を使って本立てなどを作る方が得意でした。

—すでに小学生の頃に、アクセサリー作りへの興味が湧いているんですね。 その後、高校卒業後に留学をされていますが、それを決めた理由は何ですか?

金属が溶ける太陽のような色
 10歳の時に、母と祖母とイギリスに旅行に行ったことがきっかけです。建築物や教会、街中の雰囲気が気に入りました。都会の雰囲気より、田舎の雰囲気が好きでした。

 どことなく日本と似ているとも感じたので、また来たいというか住みたいと思いました。
 

ー小学生の頃から留学したいと思っていたんですね!その思いをずっと持ち続けていたんでしょうか?

 そうですね、イギリスに行くためにはどうしたらいいか…と考えて、ものを作ることが得意だったので、その路線で留学をしようと思いました。勉強は嫌いでしたから(笑)

 そのために中学卒業後は、工芸科のある高校に進学して、シルバーアクセサリーをたくさん作りました。先生にもう作らないでほしいと止められるほど(笑)そこで金属が溶ける太陽のような色に魅了されたんです。勉強は本当に嫌いでしたが、両親に本気度を証明するのと成績次第で学費が免除になることを知ったので、3年間オール5で卒業しました。進路相談の度に担任や学年主任に説得されましたけど、絶対にイギリスに行くのだと譲らなかったですね(笑)

—その後に留学するんですね。

 まずは、高校卒業後、1年間は留学するための専門学校に行って、英語の勉強と留学先の大学に提出する作品を作りました。

 翌年、ロンドン芸術大学に留学し、1年目は学科混合のクラスでファインアート寄りの作品を作り、2年目から本来の金属工芸を専攻する予定でしたが、自分が入学した年からプロダクトデザイン科と統合し、望むような学科ではなくなってしまいました。

 そんな時に友人に誘われて訪れたブライトン大学の卒業制作展が素晴らしく、また設備も非常に充実していたこともあり、編入希望を出しました。本当に偶然、1つ上の学年を教えていた先生がブライトン大学の希望する学科でも教えていて、相談したところ、編入試験の手配に尽力していただき、特例で編入することができました。

 編入して、周りの学生の独創的な作品を目の当たりにして、衝撃を受けました。

 ここでも成績次第で学費が一部免除になるとのことだったので努力しました。

—留学してアクセサリーを学んできていたところから、鍛冶屋さんになることを決めたきっかけは何ですか?

 ブライトン大学で、きっかけは鍛冶屋さんの先生の授業を受けたことですね。
 授業で鉄を叩いたときに、これだ!とひらめきました(笑)イギリスの街中にあふれる鉄製品に改めて気づいて、鍛冶の世界にのめりこんでいきましたね。

—その後に鍛冶屋さんになるために修行をしたあたりの経緯はどのようなものですか?

メタルローズ
 大学は3カ月夏休みがあるので、その期間にインターンシップをするのが一般的でした。私は近隣の鍛冶屋さんに直接メールで連絡を取り、インターンの依頼をしました。この時返事をくれたのが、親方だけでした。国籍や性別は関係なく、受け入れてくれました。3カ月間雑用ばかりでしたけど。

 初めの1週間は鉄をひたすら金切ノコギリで切り続ける作業を任されて、一日黙々と作業をこなしました。親方は根性試しに、単調で地味に辛い作業をさせたみたいで(笑)この日の翌日から少しずつ鍛冶について教えてくれるようになりました。実際に叩かせてはもらえませんでしたが、鉄を叩く、伸ばす、丸めるなどのポイントを実演で教えてくれました。
親方の紅茶の好みを覚えるのが一番大事で。濃い目のアールグレイに砂糖4杯なんですよ(笑)

 夏休み後、大学の最後の年が始まり、卒業制作は鍛冶と彫金技法を取り入れた装飾的なハサミを何丁か作りました。高い評価もいただき、タウン紙やアート系のウェブサイト、「アジアの若手100人アーティスト」という香港の本でも紹介されました。卒業制作展に親方を招待し、お礼と共に作品を見せていたら、卒業後はどうするか聞かれて、まだイギリスにいるつもりで、鍛冶をやるためにどこか働く場所を探すと伝えたら、行くところが無ければうちで働いたら良いと言ってくれたんです。無給ではあるんですけど、それでも良ければと。

 弟子入りしてから、休みなく働きました。鍛冶修行と日本食レストランでのバイトで働きづくめでした。とにかく家賃を稼がなければ…と(笑)

—休みなくというのは本当に大変でしたね。

 皆さんのイメージするキラキラした留学のイメージからかけ離れた生活を送っていましたよね…それと本当にいろいろなことがありました(笑)

—いろいろ…。聞かせていただけますでしょうか…?

 当時住んでいたところから修行先の村まで電車で1時間程かけて通っていたんですが、電車代がとても高いので途中で降りて、そこから自転車で一山越えていました。試しに歩いたことがあるんですが、遭難しかけたことがあります(笑)

 鍛冶での経験としては、病院に併設された博物館にあった子象の骨格標本の顎を載せるサポート台を制作したり、毎年夏に各地から鍛冶職人が集まる大会があり、そこでいろんな出会いがありました。私が唯一のアジア人女性で、他は190センチ越えの熊みたいな大きい男性たちなんですけど(笑)ここで知り合ったタヒチの鍛冶屋さんが一枚の鉄の板から作る魚の作り方を教えてくれました。他にも、ブルガリアの鍛冶屋さんがバラを作っていたんです。それがとても繊細なんですよ。たいまつの中心部分に油を染み込ませた布を入れて着火させるというものがあるんですけど、それに着想を得て、私はバラの中心部分に脱脂綿を入れ香りをつけたものを作っています。

 修行先で心に残っていることは、鍛冶場のあった村の教会の風見鶏を直したときに、親方から、自分がいなくなってもこの風見鶏はここに残り続けるから、結婚して子どもができたら連れてきて見せてやれと言われたことです。何十年、それこそ人の一生より長く残るものを作れる仕事なんだということに感動し、鍛冶に一生を捧げたいと思いました。
 

—本当に素敵なお仕事ですね。それから修行を終えて帰国するんですか?

 ビザが切れるタイミングで帰国しました。親方から、イギリスにいられるなら鍛冶屋を継いでほしいと言われました。望むなら養子になるかとも。いろいろ考えてとても悩みましたけど、日本で自分の物語を続けようと、帰国を決めました。

 帰国の際、餞別にと親方が長年使っていた道具を含めた鍛冶道具一式を譲ってくれたんです。これまで働いたお礼と、これからの未来の成功にと。無給で確かに生活は大変ではありましたが、3年半で得た経験はお金では換算できないものでしたし、技術や知識だけではなく生き方そのものを親方からは教わりました。鍛冶場に行く最後の日は村の方達みんなが会いに来てくれました。あの日々は宝物です。
 

—八千代市に工房を構えたきっかけは何ですか?

 元々地元近くでしたし、帰国後は他のところで働きながら、工房を持つことを考えていました。その間に結婚、出産を経て、育児と仕事をしながら場所を探すのにも限界があり、焦った時期もありました。そんな時に縁があって、工房を構えることになり、初めはお休みの日だけで始めました。30歳までに工房が見つからなければ、きっぱり諦めるつもりだったんですけど、目前でチャンスをつかみ、30歳を機に他の仕事を辞めて、鍛冶職人として開業しました。

 初めは、クラフトイベントに小物で出品したりしていたんですが、次第に紹介や口コミなどで少しずつお客さんが広がっていきました。

—今はどのような生活スタイルですか?

 平日は子どもを保育園に預けているので、その間が作業時間です。午後は夕飯のメニューを考えながらで、結構仕事に差し支えますね(笑)仕事後は保育園に作業着のままお迎えに行き、スーパーに寄り、洗濯物を取り込み、夕飯を作り…と毎日バタバタしていますね。
 そちらのカジ(家事)も大変ですが、主人が超協力的なので本当にありがたいです…。

—ハンマーは1.3キロとのことで、とても力の要る仕事に見えますが…

 道具が全部重いので日々筋トレです(笑)

 バラの茎、20~30本を一気に作ると腕が上がらないです(笑)休み休みやっています。金属の扱いに慣れすぎてしまって、リモコンやプラスチック製のもの、お皿は力加減が分からず割りがち…という弊害もあります。

 そういえば親方もよくグローブみたいな手でプラスチックのキャップとか破壊してましたね(笑)
 

—そういう弊害があるんですね(笑)他に大変なことはありますか?

 夏は暑くて死にそうです(笑)終わって一切椅子から動けずにいたら、お供え物をされたこともあるんですよ(笑)

—確かにそんな姿を見かけた人は心配になるでしょうね(笑)

—この仕事の楽しいところは何ですか?やりがい等を教えてください。

 やはり、作り手の人生よりはるかに長く残り続ける作品を残せることですね。

 基本的にオーダーメイドの仕事なので、お客さんから予想以上の反応をいただけることも多くて、がんばって作って良かったという気持ちになります。誰かのために制作することが楽しいです。

—八千代市について何か感じること、思うことは?

バラ園や農業交流センターでのイベント、沖塚遺跡など八千代市にしかない、実はすごい魅力がいっぱいあると思います。

—これから作ってみたいもの、挑戦したいことは?

 八千代市の花はバラですし、村上地区の沖塚遺跡で見つかっている古墳時代の製鉄遺構は、私自身とても縁を感じていて、八千代市を「ばらと鉄のまち」にしたいです!

 黒沢池のたたら祭はずっと継続させたいですね。アメリカで鍛冶屋をしている友人もいつか参加したいと言ってくれているので、海外の方々を受け入れる体制を整えていって、将来的には全国や世界から鍛冶屋を集めた国際コンペにできたらとも思います。空港からのアクセスもいいですからね。(ちなみに前職は成田空港の免税店勤務です。)

—夢は?

作業中の伊藤さん
 地域の歴史を学べて、鍛冶を学ぶことのできる施設が市内にできるといいなと思っています。

 日本で鍛冶屋になるには、弟子入りか美大で鍛鉄(たんてつ)を学ぶか、海外に行くしかないんですよ。とても狭き門で、独立しても生計を立てられるようになるのが大変な職種なんです。30歳で工房を構えた私でも県内の鍛冶職人では最年少なんですよ。
それに対してイギリスでは、鍛冶を専門で学べる大学があって、施設環境や卒業後の受入環境が整っています。世界最古の鍛冶ギルド(商人の組合)もあります。
 
 ワークショップをやると子どもたちも目をキラキラさせて、鍛冶をやりたいと言ってくれる子もいるんですよね。基礎を学べる、レッスンを受けられるような施設で、鍛冶屋への就職もできると良いですよね。そうすれば、後継者不足という鍛冶屋さんも解決に繋がると思うんです。私のような西洋鍛冶から日本伝統の刃物鍛冶まで、現役職人から直接学ぶことができる施設を作るのが次の大きな夢です。
 
 修行中、毎年近隣の小学生が授業で鍛冶場に絵を描きに来ていたんですけど、同じように小中学生などに来てもらったりして、課外授業などで鍛冶を見せてあげたいです。

 中学生には技術の授業などを通じて、学校で鍛冶を体験してもらうこともやってみたくて、教育や文化でのアプローチもしたいんですよね。料理で使われる包丁や農工具、ハサミ、家具を作る道具や釘なんかもかつては全部専門とする鍛冶職人が作っていたものです。そう思うと身近に感じませんか?

 個人の利益というよりは、鍛冶を広くPRし、若い芽を育てるための草の根活動をやっていきたいと思っています。アスリートのプレーを観て自分もなりたいと憧れたり、自分が出会った看護師や先生に影響を受けたり。音楽、映画、芸術に触発されたり。
 
 将来の夢って意外に小さなきっかけで目指すと思うんです。私自身そうでした。
 女の子でも鍛冶職人になれるんだ、という実例にはなっていると思うので、各イベントでの実演やワークショップを通して誰かの目標になれれば本望ですね。

 いつかは情熱大陸に出たいです(笑)

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